れなのーと

日々の大発見たち produced by れな

「信じる」という言葉の暴力。人から信じられるのは辛い

「あなたを信じる」という言葉を人にかけるのも、人からかけられるのも、私は好きではない。


あなたを信じるという言葉を他人にかけるのはある意味モラルハラスメントに近い行為だと思ってる。


文脈的に、何か約束とか契約ごとを言葉で認識合わせした上で、それが履行されることを期待する、という意味で言うのは別に構わないと思うが


期待を相手に明示せずにただ「信じる」と言う言葉をかけるのは、


中身は大体相手に対する理不尽な期待の押し付けであることが多い。




相手が勝手に恋愛気分になってる時に言割れることが多いのだが


「君を信じてもいいの?」


↑こういうのは大体、丁寧に意訳すると、つまりこういうことなのだ、結局は。↓


(君はセックスさせてくれるんだよね?僕が会いたいって言ったらすぐに家から出てきてくれるんだよね?趣味でイベントに行くことも僕のためにやめてくれるんだよね?もしそうじゃなかったら怒っていいってことだよね?)




「君ってよく分からない、信じていいのか自分が騙されてるのか」


それはね、あなたが勝手に妄想で作り出した理想の女性像を私に重ねてるだけだから、私のことがわからないんだよ。


あなたが信じたい私は、あなたの理想の女性の性格を私の顔と体に上書きした存在に過ぎないんだよ?


あなたは自分の妄想に自分で騙されてるに過ぎないんだよ?




勝手に自分の妄想通りになると期待しただけのくせに、その期待が外れたからって私に責任を求めないでほしいよね。


勝手に騙されるのはいいけど現実に気づいたら一人で反省会しててほしい。私に怒りをぶつけないでほしい…


でも世の中の大半は妄想の押し付け合い恋愛が大好きだからなぁ。


こんな感じになってる時、相手本人は恋愛気分に浸っちゃってて全く理性的に話を聞いてくれない感じだし。


嫌だっていくら叫んでも世の中は変わらないんだよな。


世知辛い、生きづらい世の中だな、、